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この「幾歳月T」は私が生まれてから、小学校4年生ぐらいまでの詩を
纏めた最初の詩集です。
私は母が35才の時7年ぶりの第4子として生まれました。
兄達3人とは14・12・7と離れているので、やっと余裕を持って子育てを
楽しめる時に生まれた初めての女の子だったそうです。
年の離れた3人の兄と年取った父(56才の時の子です)と心配性の母と
全部で5人の親がいたように、育てられました。
もちろん愛情も沢山受けて可愛がられていましたけれど、とても
うるさかったのを覚えています。
今となっては懐かしい思い出ですけれど。
改めて思い返すと、沢山の愛情を注いでもらったからこそ、私は
夏菜に愛情を沢山注ぐ方法が身についているのでしょうね。
母の年代(大正14年生まれ)で働く母親は珍しかったのですが、
それほど寂しい思いをした記憶はないので、気が付かないところで、
随分母は無理をしていたのでしょうね。

ほとんどの詩が丁度今の私と同じ年齢の頃から書かれたものです。
恐らく今の私と同じような気持ちで、私を育ててくれたのでしょう。
実は、私自身もこの詩集に目を通すのは20年以上ぶりだと思います。
親不孝な娘が今頃になって、ちょっとだけ親孝行が出来る気がするのも、
いつでも遅くならないように、こうして形にして残して行ってくれた
母のおかげですね。
母親って本当にありがたいものです。

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若き孤独
 


真実や愛情を踏みつけられ
無慈悲なことをされようと
誰も憎めない
誰もせめられない
みんな淋しく
定められた星の下に
喜び嘆いているのだもの


きょう いかように
快活に活動している人でも
いかに誇り高く咲く花でも
明日(あす)また虚無を知り
生命の儚さ
魂の孤独に
おののくこともあるものを ――

そして
どのように嬉しい時にも
あるしみじみとしたひびきが
心の中に通っているのを
わたしは感じます。
そしてまたわたくしは
淋しい中にも喜びがあり
苦しい中にも光があり
悩める中にも憩いは
みいだせることを知るのです。


この人生の想いの日々を
しみじみと真実の心で
生きておわりたいと思います。

(S.21 21才春)

 

 

みんなさびしい

 


みんなさびしいのです
この瞬間に死ぬもよいと思うほどの
恋を知り
あたたかい隣人の愛に包まれていても
みんな孤独なのです。
だから
ふと言いしれない寂しさが
魂の底に震えいるのを知るのです。
それを思う時わたくしは
誰も彼もの
触れ合うすべてのこころを
そっとしみじみ
抱いてあげたいと思うのです。

(S.21春)

 

 

孤独の極み
 


淋しさに徹することが
出来そうになってきました。
私にとって
ふたたび孤独がやって来たのです。
けれど、それは
愛を独占しようとする
自愛のためのそれではないのです。
すべてを許し
すべてを愛し
すべてを抱こうとする
淋しい愛のよろこびなのです。


どのように燃えている恋の中にも
淋しさはあるものです。
どのような薔薇色のあこがれの中にも
哀しさがあるのです。
だから ――
淋しいの、悲しいの、苦しいの
いかようにでも涙をお流しなさい。
苦しみの極みにたたずみ
悲しみの極みにふるえ
淋しさの極みに
慟哭したらいいのです。


けれど
ただそれだけでは敗北者
その泣きぬれた魂を抱いて
その淋しさをじっとかみしめながら
より強い、より深い情愛を持って
淋しき隣人
なげきの底に沈む魂を
あたためてあげるのです。


迷える心の戸を叩き
悩める心に灯をともし
生命の息吹きを送り
生きゆく光りとよろこびを
知らせてあげるのです。
さあ
その時にこそ私達に
淋しさを乗り越えて
真実と理解と愛情とに
充ち溢れる
永遠の幸せが訪れるのです。

(S.21 春)

 

 

ノスタルジィ

 


たかだかと涯しなく澄める
空の蒼さよ
深ぶかとさみしさこもれる
虫の音のむせびなけるは
行く雲の流れしずかに
こぞの日の想い出かなし
秋の日のノスタルジィよ


キビの葉のカサコソ鳴れる
秋の夕べ
家路いそぐ人を運びて
すぎゆける電車のひびき
うつりゆく空のけはいは
魂の底にふるえる
人の世のノスタルジィか

(S.21.10.5)

 

 

秋風

 


―― 秋風は木の間渡りて
   わが窓にたずね来たりぬ


―― カタコトと窓を鳴らしつ
   ささやけりすぎし昔を


―― 秋風とわれ語らいぬ
   想い出に涙ぐみつつ


―― 秋風は優しかりけり
   寂しさのきわみを秘めつ


―― すべてをば語らいつくし
   うつふして泣くもよしと


―― やさしくもわが手をとりて
   なぐさめを語らいくれぬ


―― さすらいの身にはありても
   来る幸を信じてあれと


―― 秋風はわが窓いでて
   涯しなき旅路去りゆく

(S.21.10.5)

 

 

よろこびの序曲

 


自らの母となる日の近づきて
故郷の母の胸を
涙ぐみつつ想いいずる日


いとし子の可愛ゆき動きに
胸はずませつ
まことなる祈りをこめて
ちいさなる産衣を縫えり


かた時も想いを離れず
生まれ来るいのちこそは
わが宝 わが光りよ


この母の祈りの中に
われもまた育てられしか
今日もまた針を運びつ
故郷の母を想う

(S21.2.22長男の出産間近)

 

 

われ母となりぬ

 


わが胸にいと小さき生命抱けり
神より託されし
尊きいのちよ


わが胸にヒタと頬よせ
まろき手は乳房にすがりて
音たてて乳を吸いぬ


悲しめる時 抱きあげれば
すすり泣きつ乳をふくみて
吸いつつも またすすりなきぬ


嬉しき夢に遊ぶ時は
ふくみし乳房ふとはなれ
いと和やかにほほえみぬ


あまあまき乳の香にみてる
いと小さき者よ
この世にて至上のものよ


すこやかに生まれ出てと
夢にみし吾子をいだきて
われ母となりぬ


ひそやかに秋立つ日ごろ
こぞの日の夢を想いて
きょうの日の幸に微笑む

(S.21.8.10)

 

 

坊やよいこよ

 


坊やよい子よ
  遊びましょ
母さんお出かけ
  淋しくっても
青いお空とお陽さまの
海辺の砂で遊びましょ


坊やよい子よ
  唄いましょ
母さんお出かけ
  泣きたくっても
お空の鳥と唄を唄えば
小さい胸も晴れるでしょ


坊やよい子よ
  おねんねよ
母さんお出かけ
  悲しくっても
お夢の中で抱っこして
楽しいお話いたしましょ。

(S.31.12.8)

 

 

吾子よ

 


声たてて笑いしと
家中でさわぐ
七十日のみどり児よ


いと小さきこぶし
音たてて吸いつ
おとなしく母を待てり


みあげるように母をみつめつ
乳房ふくみ
笑みてはまた吸いぬ


桜いろのほほ
まろきほほ
まどかな夢にあそべる吾子よ


母いるをたしかめるように
うすめあけつ
みどり児はねむりにつきぬ


いく万の言葉より
胸にこたう
声たてそめし吾子のおはなし


小さき指 力こめ
胸にすがりぬ
散歩みちの児は


むっちりとまろき手ふりて
抱っこしてと
母をみつめて訴える児よ


空の蒼よりまだ澄める
みどり児の瞳
無心の故か


言葉ならぬ言葉の
いとしさよ
吾子おはなしを始めし時は

(S.35.7.6)
―― チューリップの花咲く四月、
待望の女の子春美ちゃんが生まれました。

 

 

テープレコーダー

 

テープは過ぎた日の声を
そのまま残してなつかしい。
春にみんなが集まって
話し始めたハミちゃんを
テープにとろうと大さわぎ。
「ハミちゃんパパなにしてるの」
「ゲンコウカイテンノ」
「ハミちゃん バチュのったの」
「バチュノッタノ」
五人がかりで大わらわ。
やっと一言二言が、
真珠の玉よりすばらしく
小さな花より愛らしく
大人の胸にひびきます。
テープは楽しい過ぎた日を
みんなの心にかえします。

 

 

あめこんこ


あめこんこ まいにちふってるの
おんもへゆけない つまんない
あめこんこ ほんとに おばかねぇ


でもねぇ おにわをみてごらん
チューリップ アイリス すみれさん
あめこんこ とっても おいしいって


そうぉ あめこんこ のんでんの
おはなも おのどがかわいたの
あめこんこ そんなら いいこねぇ

(S.37.6.27)

 

 

風さん

 


風さんこわいと泣きました。
小さな小さな女の子。


夏の真昼の海の風
ガタゴト通って行きました。


ママにだかれて子守唄
いつしかおねむになりました。


とじたおめめのほっぺには
なみだがこぼれておりました。

 

 

 

ひとり娘

 


私が踊りを踊るとき
おセンスもっておべべきて
小さな娘も踊ります。


私がピアノを弾くときも
一緒に楽譜を並べては
人さし指でポンポンポン。


踊りにならない踊りでも
お唄にならないピアノでも
娘は二才と四ヶ月。


三つになったら踊るでしょう。
お指が強くなったなら
ピアノも上手に弾くでしょう。


幼い幼いわたしの子
すくすく育ってやがての日
ママの夢も実るでしょう。

 

 

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