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高校生誕生
 


舞い狂う雪の中を
息子の傘が進む
ときどきふりかえって
おくれる私を待ってくれる


ハイヤーも止まり
駅までの道を
歩くより仕方ない
チェーンをまいた車が通ると
「あぶないよ。」と声をかけてくれる


二百八十人ほどの合格者が
親子づれで入学の手続きに
吹雪の中を学校へ向かう
けれど、みんなの顔は明るい


受験生から栄光の道へ
ゴールインした歓こびで
心の中はあたたかい
春の日がゆれている


講堂で説明をきいて
控え室へもどるとき
ふきつける雪が
お母さんが髪を白くそめた


急いで廊下にとびこむと
息子が私の髪を払ってくれた
「おたくのお子さん優しいですねぇ。」
そばでこんな嘆声がきこえた


帰り道の魚やさんで
幼稚園の先生に
お逢いしたら
みあげるような成長ぶりに驚かされた


肺炎を三度もやって
扁桃腺で熱ばかり出して
「育つのかしら?」と不安がらせたのに
そのあいさつの頼もしいこと


雪の中を
一生懸命ついて行きながら
三男坊が高校生になった嬉しさを
たっぷりと味わいました

(S44.3.13)

 

 

母子草(ははこぐさ)


チューリップがおわり
牡丹が散り
アイリスが枯れ
いまわが家はバラの季節
誇り高く咲くバラの下に
矢車草や紅いけしがはべり
足元には母子草が
群れている――


花の美しさは
それぞれだけれど
わたしは綿のように
白いふかふかした茎に
子持ち草とも呼ばれる
黄色のつぶつぶのこの花に
なんともいえぬ
やすらぎをおぼえる


母に甘える子供たちのように
素朴な姿に心ひかれる
過ぎた日への想いが
あたたかいぬくもりが
わたしの胸を満たしてくれる
きょうもまた
心の故郷へかえしてくれる
母子草よありがとう ――

(S.44.5.23)

 

 

すずめのおはか


犬小屋で
すずめの子が二羽
ひっくりかえっていました
チコの食べ残しをつついて
金網にぶつかったのかしら
「わたしが帰ってきたら
埋めてあげるから待ってて。」
と言って娘は学校へ出かけました


帰ってくると
小さな穴を掘り
まず青草のおふとんをしいて
その上に仲良く二羽をねかせ
土をかぶせていました
「ママお花をきってもいい?」
「どうぞ。」と言って
しばらくして行ってみたら


小さく盛り上がった土の上に
蘭や、矢車草、すみれ、月見草など
いっぱいに花がさしてあり
「すずめのおはか」と
板切れにクレヨンで書いて
小さな墓標がたててありました
夾竹桃の木かげで
二羽の小すずめは
安らかにねむっていることでしょう

(S.44.5.24)

 

 

少女

 


夕方になると
「さあ何を作りましょうか。」
と言って台所にやってくる
「ママ、お野菜きざんでよ
オムライスつくるの。」
バターで玉ねぎと鳥をいため
ケチャップで味付けし
ちゃんと型にいれて
盛り付けしてくれた


「おいしい、おいしい。」と言ったら
「みんなおいしいって
言ってくれるかな。」と心配そう
ナスのしぎやきをして
「こんがりときつね色にやけましたよ。」
などと嬉しそう
マッチもこの間まではこわかったのに
今ではガスがつけられるようになった


「わたし、お料理大好き
ママじゅんじゅんに
教えてね。」
「蚊取り線香の火も
つけられるようになったし。」
と満足そう


肩まで届くようになった髪を
くしでとかしている姿の
何ともいえぬ少女らしさ
白いうなじに
むっちりとした幼い日の
面影をのこして――
思わず見とれてしまう


「年頃になったとき
惜しくて
お嫁さんにするのが
遅れないようにしなければ。」
いまから
自分にいいきかせている
ママなんです

(S.44.5.23)

 

 

九才の言葉集

 


ステキな言葉がとびだすんです。


天城高原で富士をみてきて
「すばらしかったねぇ
富士山が雲の波に
ポッカリ浮かんでいるみたいだった。」


「三日も学校休んで
身体がなまっちゃった。」
「おもしろい言葉知ってるのね。」
「意味は心では分かっているんだけど
言い表せないの。」


「ママに話すと何でも詩にされちゃうから
うかつに言えない
家中詩だらけね。」
「日記のかわりに書くのよ。」
「わたしの成長の記録?」


ママは娘の言葉に
おどろいたり、喜んだり
忘れないうちに
書きとめることにしました。
やっとかたことで話し始めた頃のように

(S.44.6.23)

 

 

めおとづる

 


娘がつるを折りました
「むらさきいろはパパなの
こっちの赤いのは太っているからママ。」
いたずらっぽく笑っている


風邪で学校お休みして
お熱もさがって
気分もよくなり
折り紙の本をみながら
折ったらしい


「ぬれても色のとけない折り紙なの。
きれいでしょう。」
光沢のある紫と赤の
おづる、めづるが
娘の枕元にならんでいました


翌日学校に出かけたあと
捨てるにしのびず
わたしはそっと
二羽のつるを小箱にしまいました


夫婦そろって
娘を愛した日のあかしにもと――

(S.44.6.23)

 

 

波よ

 


土曜日の午後
先生やお友達と
海へ遊びに行くはずだった。
学校の裏門へ
二時までに集まるはずだった。


なぜか、だれもなかった。
あきらめきれずに
海まで行ってみた。
でも、釣り人や泳ぐ人だけ
手をかざし、目を細めて
遠くをみても
友達の影はなかった。


水玉模様の
ワンピースをなびかせ
しぶきにぬれながら
少女はいつまでも立っていた。
波よ――
心の悲しみを
みんな流してやっておくれ。

(S.44.6.28)

 

 

ちいさなる者よ

 


ちいさなる者よ
あなたをみているだけで
いとしさに
涙がにじむ


声をあげ、かけまわり
全身で訴える
一こま一こまの動きが
わたしの頬をほころばせ
瞳に輝きを与えてくれる。


すばらしき者よ。
いと小さき者よ。

たとえ花はしぼみ
蝶が飛ばない日があっても
すこやかに育っておくれ
育っておくれ――

(S.44.7.27)

 

 

午睡


レコードを聞きながら
いつの間にかソファでうたたね


「しずかに、しずかに」
娘の声にふと目がさめた


いつもなら「おなかすいた。」が
帰宅のあいさつの息子も


何もいわずに出ていった
そっとそっと ドアが閉まった


子供たちの思いやり
母は甘やかに目を閉じた

(S.44.6.28)

 

 

おフキン


いたずらに
奇をてらったり
変わっていることが
偉いかのように
そんな風潮が氾濫している


おむつを
フキンにするといったら
ひとしきり週刊誌をにぎわして
才女評論家が誕生したり
はては盗作問題のおまけがついたり


おフキンは真新しい布を
熱湯で洗って太陽に干してから
茶碗拭きから台拭きに
黒くなったら
おぞうきんか、あぶら拭きに


私はそんなふうにして
二十五年の家庭生活を
営んできた
ボロを簡単に捨てられないのは
戦争中の耐乏生活のせいか


けれども
くそもみそも一緒みたいな
考え方はいただけない
合理主義もほどほどに
こころ豊かに暮らしましょうよ

(S44.6.11)

 

 

若き日の教え

 


思ったように行動すれば
個人主義。
人間のあるがままに考えれば
自由主義。
学級会で大和撫子たちに
批判されても
澄まして本を読んでいた。


卒業学年だというのに
試験が始まると
さっさと早退け
白紙で出した答案用紙もある。
新刊の
「風と共に去りぬ」が面白くて
三日も学校休んでしまった。


何もかもが
ベールのむこうにあるように
捕らえどころの無いもどかしさ
求め求めているのに
見知らぬ世界の出来事のように
現実と学校生活には垣根があった。


戦争の嵐の中でも
めざめゆく年頃は
確実に育っていった。
出征した先生のあとに
赴任してこられたI先生
「専門学校の生徒みたいだけど
キミのはそれでいいや。」
そういって帰してくれた。


学校の図書館からも
先生の下宿の本棚からも
むさぼるように持ち出した。
ツルゲネフも トルストイも
ゲーテも 古事記も
十六才の少女には理解しきれなくても
ひたすら読みつづけた。
どうして卒業できたのか
わたしにも分からない。
こんな生徒を理解してくれた
教師が存在したからか。


「仰げば尊し」を唄って
上京する春
「わたしは何も分からない
何を心の支えにしたらいいでしょう?」
「キミは頭だけが先に行っている。
だから、どんな経験も大事にし
経験からにじみ出た話を
小さなことでも素直に聞いてごらん。」


その言葉を胸にだいて
わたしは大人の世界に
足を踏み入れた。
戦争も激しくなり
大学は学徒動員で閉鎖同然。
女の子は働かなければ挺身隊に。
わたしも信託会社に席をおいたけれど
ひたすら文学にあこがれる娘が
お客様の封筒書きのあけくれに
なじむはずもなかった。


ゲーテやシルレルに
読みふけっていて
自分の小ささに愕然とし
向上を願っては壁にぶつかり
眠れない夜がつづいた。


神経衰弱と診断され
故郷に帰ったわたしは
師を訪れて訴えた。
そしたら
「どこでもいい電車に乗って
好きなところで降りてごらん。」
わたしはその一言にすがって
東武電車に飛び乗り
山の見える駅で降りた。
大平山という山すそに
ひろがる村だった。


スケッチする気にもなれず
小川の水にふれてみたり
空の蒼さにとけてみたり
土の上に座りこんで
ぼんやりしていた。
ふとみると若い夫婦が
田を耕している。
夫が牛の鼻づらをとり
妻があとからついてゆく。


ああ、この人達はおそらく
一生こうして耕しつづけ
一年に一度か二度町へ出かけるだけ
赤ちゃんをあぜ道に寝かせながら
育ててゆくのだろう。
でも何というたしかさ
どっしりと大地に足がついている。


そんなことを考えていたら
学校帰りの子供たちが寄ってきた。
すっかり仲良しになり
つぎの駅まで歩くと言ったら
道を教えてくれるという。
途中で
三時のこじはん(おやつ)らしく
おばさんたちが集まっていた。
額に汗して働いたあとの
明るい安らぎがみちていた。
おにぎりをご馳走になって
さよならをして
つぎの駅から電車に乗った。
何かが何かが私の胸に湧いて来た。


それが何だか分からない。
家についたら
その想いがとけてきた。
「私は急ぎすぎていた。
大地に足がついていなかった。
回り道をしているように思ったけれど
それがみんな経験なんだ。」
この発見でわたしのノイローゼは
吹き飛んでしまった。


素直に人の話を聞いてあげると
人から「しっかり者のおばさん」
みたいに言われていても
不幸が重なったばかりに
自分の針仕事で
子供を養わなければならなかった
苦しかった日のことを
しみじみと涙さえにじませて
語ってくれたおばさんもあった。


ああ、人ってみかけによらない
心の奥に入ってみなければ
噂などで決められない。
そうして人間て
みんなさびしく一生懸命
生きている。
私も精一杯生きてゆこう。
こういう思いが
インタビュアとして
人と逢う時
わたしの心の底に流れているようだ。
そうして
名声や座っている椅子に騙されないで
自分の心でたしかめて
人を見るようになった。


若い悩みの日に
私はいい師を持った。
三十年近い年月を経ても
私の中に若き日の教えは生きている。


高校生の修学旅行で
タバコを見つけたからと
停学や退学させたり
せっかくのいい芽を持っている子が
みすみす吹き溜まりみたいな学校へ
落ちてゆくのを見聞きすると
教師不在を感じさせられる。
もっと魂と魂でぶつかりあえる
先生と生徒なら
ゲバ学生も
産まれなかったのではなかろうか。

(S44.6.28)

 

 

戦争と若ものたち


リーダーをとりあげられ
「庭の千草」は
敵国のメロディだから
唄ってはならない
「ローレライ」は
ハイネの詩だから
ユダヤ追放に足並そろえて
これもご法度
全体主義の嵐吹く
こんな時代に
夢多き乙女となりました。


大東亜戦争の始まる年の
あれは夏
生徒たちの
憧れの的だった若い教師が
こっそりと征きました。
郡かを唄うことも
日の丸を振ることも禁じられ
三々五々
家の窓から
道の影から
送ることしか許されませんでした。
放課後に短歌や文章を
特別に指導してもらったわたし。
「君の写真がほしい。」
そう言って持って行ったのに
彼はそのままかえらなかった――


アルゼンチンは親日だから
ドイツやイタリーは同盟国だから
許されたのか。
タンゴの曲だけは
自分の言葉で
もの言うことのできない
若ものの魂を
ゆさぶるように
街に流れていました。
ラ・クンパルシータ
バラのタンゴ、夜のタンゴ・・・


兄の親友の送別会
アパートの一室で
彼と兄と
姉とわたしと
くりかえしくりかえし
唄いました。
それは「夢去りぬ」
夜半すぎても
若ものの唄はやみませんでした。
誰もとがめる者はいませんでした。
さみしい笑顔で別れを告げて
彼はふたたびかえらなかった――


五年生のとき
転校した小学校で
親切だった級長の子
いつも妹のように
わたしをかばってくれた。
中学校と女学校に別れたまま
彼は特攻隊で征ってしまった。
すばらしい芽を
いっぱい持ったまま
黙って散ってしまいました。


みんなみんな征ってしまった。
みんなみんなかえらなかった。
枯れ果てるまで
乙女の涙を捧げました。
けれど
あなたがたの血で守られて
今日わたしは
このしあわせにいるのです。


思ったことを言い
胸を張って生きられる
この素晴らしい日を
わたしに与えてくれたのです。
人間の自由を
求めて得られなかった
あなたがたのぶんまで
「だいじに生きなければ」――
わたしはそう思うのです。

(S.44.6.3)

 

 

孤独について


「山の中で生活していた友達が
孤独ではあったけれど安らぎがあった。
都会の雑踏の中の孤独はたまらないって
ボクもここにいて都会の中の
孤独を感じる物ね。」と
息子は言う。


「そうね、
おかあさまも、昔
世の中に疲れ果てると
武蔵野の原っぱに逃げて行ったものよ。
思いっきり
自然のふところに抱かれるの。
枯れ草の中に寝転んで
昼の月をたった一人で眺めながら
自分自身とむきあって
容赦なく心の中を解剖するの。

 

れんげ草のくびかざりを作ったり
通りすがりの子供たちに
お話聞かせてあげたり
一緒に唄をうたったり
郊外電車のひびきに
音楽を感じたり
そんな一日を過ごすと
帰りの電車の中では
無性に
あたたかいものが胸に湧いているの。


人間てしょせんは
ちっぽけで、ひとりぼっち
だれだって自分ほどに
自分を分かってくれない。
そして私だって、相手の全部は
理解してあげられないんだ。
そう思ったら
みんな許せるような気になって」
「孤独のきびしさを知ったら
謙虚に人を愛せるし
本当に強い人間になれるんだね。」


「そうね。
心を覗くことが恐くて
ゲバ棒をふったり、ゴーゴー踊って
ワイワイ騒いだって
何とも言えない寂寥感は
つきまとうものよ。
思いっきり孤独にひたって
そうして這いあがって来たときが
ほんものじゃない。」


「僕も旅に出てみようかな。」
「そうなさいよ。」
卒業間近の大学ストで
悩みの春を過ごした
母と息子の会話です。

(S.44.6.23)

 

 

夾竹桃


夾竹桃の花が咲いた
枝もたわわに
うすべに色が燃えるよう


それはせいいっぱいに
鮮烈に咲いている
激しい夏の陽にもめげずに


海辺の庭の幾とせか
やがて巣立ってゆくこどもたちに
忘られぬ花となるでしょう。

(S.44.8.4)

 

 

 

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