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素晴らしい先生方
 


「小田ミツさぁん、帰って来ましたよ。」と
日曜の昼頃阿部先生がみえた。
「あーら、お帰りなさい、嬉しいわぁ。」
と握手。
「昨日帰ってね。明日は外来で忙しいから」
と診察して下さった。
ヨーロッパの国際学会から帰られたばかりの
過密スケジュール。
超人的というほかない。
同じ年齢なのに男性はすごいと思う。――


お留守の間に若い菊地先生が
昼も夜も顔を出して
二クール目の治療にかかるのを恐がる
私の心をとことん安心し納得のゆくように
踏みきらせて下さった。――


七年前の飯田先生も今は
素晴らしく立派になられ、
阿部先生の育てた若い先生方の
何と頼もしいこと。
夜半の手術をしても翌朝はちゃんと
さわやかに顔を見せて下さる。
その骨身を惜しまぬ努力と勉強ぶりは
見事で、本物とはこういうことかと
心から頭がさがる。
現代の若者のかがみだと思う。

(1983.9.12)

 

 

恐怖の日曜日
 


今日は二クール目をやりそうだという日。
お風呂に入った。
あとで娘が「阿部先生がみえて
『だんだん楽になっていくからね』と言って
帰られた。」と言う。
だけど今度のショックはすごかった。
恐怖の日曜日。――


話しておきたいこともあるので
長男を呼んでしゃべっていたら、
二言、三言で、
涙があふれ、せきをあげてきて、
もうショック状態。


頭から全身しびれ
胸も胃腸も太もモモ
重い石をのせられたよう。
日曜日は急患に先生がとられて、
看護婦さんが酸素吸入し、点滴し、
ますます苦しい。
「もう死んじゃいそう。」
娘が冷たくなった左の手をもみながら、
「大丈夫気を失ったって、
ちゃんとしてくれるから。」
一時も娘の手を離さないで側にいて欲しい。


そのうち急患に手を取られている中から
フレッシュマンの先生が来てくれたけれど、
なす術が無くて、
「なんとかしてよぉ、誰か他の
先生いないの。」
と言っているうちに、
「安定剤を飲ませましょう。」
と言うことになり、小さな一粒を飲んだら、
まもなくおさまった。


三十分ぐらいのことだったと言うけれど、
私には長く長く感じられた。――
「入院しなければ出来ない治療なんですよ。」
と阿部先生に言われてたけれど、
こういうことなのか。
下痢や食欲の減退なら我慢出来る。
普通に話し、食べている分には
自分の身体がこんなにも感じやすく
なっているということは分からない。


あれから二日たって、今はこんなことが
書けるようになったけれど。
日曜だというのに夜十時ごろ来て下さった
菊地先生に「何だったんでしょう。」
と聞いたら、
「今まで僕達感動するぐらい小田さんは
明るく頑張っていたんですよ。
ところが、鬱積していた感情が
ちょっとしたことでワァーっと
なったんでしょう。
もう二クールのことは忘れて、
早く元気になりましょうよ。
眠れないようなら、お注射しましょうか。」
と言って、いつもの飲み薬のほかに
注射して下さった。


夜も眠ろうとすると
何か前のことを思い出して、
胸騒ぎがして落ち着かない。
また注射してもらってぐっすり寝た。
おかげで今朝は元気がでてきた。
うすびがさしてきたと思ったら
くもってしまった。

(1983.9.20)

 

 

二クール

 


「弱虫毛虫はさんで捨てろ」
遠いむかしの幼い頃のいじわるごっこ。
今、私はこの言葉を自分自身に言ってみる。
忠良の辛さは聞いていたとはいえ
一クールは何なくすんで
一日八回も下痢したり
髪の脱ける恐怖にも慣れ
ステキなかつらも出来てきた。


二クールに取り掛かるのが恐くて恐くて
さんざん先生をてこずらせたけれど
前日入院時の白血球が六千八百だったのに、
体重は元にもどり
白血球は七千五百もあった。
「えっ、ほんとう、大きな病院だから
他の人と間違えたんじゃない?」
私の言葉に「じゃもう一回」と採血して
検査してもやっぱり同じ。――


ここまで手をつくし、
心を尽くして頂いて何をかいわんやと
やっと覚悟をきめた。
一クール目は点滴の間に入れて
一日がかりだったのに
今度はワンショット。
「この前とちがうわよ。
こわい、菊地先生にきいてきて。」
私の騒ぎに慌ててフレッシュマンの
中島先生が聞きに行って
「これでいいそうです」と菊地先生は
今外来で手が離せないからと、
細い左の血管をていねいにさぐってから、
ゆっくりと入れてくれた。
たった十分もかからない。
これで終わっちゃったなんてウソみたい。
「体力があるし、食べられるのだから
点滴なしでゆきましょうよ」と
あとで菊地先生が笑っていた。


一週間後二クール二回目の時は
主治医の菊地先生が、
今まで誰も入らなかった左のうで
さっと入れてしまった。
娘が右手をあやすように持ってくれて
これで二クールはおしまい。

(1983.9)

 

 

春を待つ

 


降りしきる 雪の身をもむ
はげしさは
わが心にも似て かなしかりけり


氷つく 椿の花の
紅色は
雪につつまれ さえて美し


誕生日 祝いてとどく
桜草
娘のこころ 夫もうれしく


あまりにも 寒さきびしく
春を待つ
沈丁花の花 三つほころぶ


頬よせて 香り求める
沈丁花
春告げること 花ひらき初む


春一番 吹いてなお降る
雪の舞
とけて流れる 淡雪なのに


病持つ 心のつらさ
かなしさは
孤独の夜に さらにしみるよ


誰に告げる すべもなきまま
苦しさは
耐えてゆくより 仕方ないもの


胸に抱く ガンのしこりは
いつきえる
淡雪のごと きえてほしいと


祈りても 祈りてもなお
おびやかす
病のこわさ 果ても知らずに


眠れない ままに起きいで
ただ一人
ふくむビールのほろにがき味


生きられる 望みあるのか
延命は
いつの日までかと 医師に問いたし


生きて来て ただひたすらに
生きて来て
いつになるかよ ジ・エンドの日


やっとこさ きびしき冬を
越えてきて
春の陽ざしの 何と嬉しき


淡雪は 春告げるごと
とくとけて
庭の草花 息吹き始める


心をば 落ち込ませては
なるものか
まだまだ 生きると我が身に誓う


先ゆきの 何の保障も
ないままに
一日一日を 大事に生きる。

(1984.3.17)

 

 

秋立つ日

 


立秋の頃の空の色は
なにがなしやわらかく
雲の流れも泣きたいような郷愁をさそう。


めざめゆくころ未知なるものへの
憧れとおそれと
哀しみと望みと
愛と喜びと全てを包み込んで
早ばやと時は流れた。


ゆったりと空にたゆたう雲に
秋のけはいを感じ
すぎてゆく風に
そこはかとない悲しみがあるのを
何度味わったことだろう。


人を愛し、妻となり、母となり
人の世の喜びも悲しみも
人の心のいたみも、せつなさも
みんなみんな知ってしまった今、
夏から秋へと
季節の移りを感じながら、
胸いっぱいにノスタルジィがあふれ
涙ぐんでいる。涙ぐんでいる。

(1983.8.8)

 

 

秋のけはい

 


空の色のおだやかさ
木々をわたる風のさま
雲の流れのゆるやかさ
もう秋のけはいがそこまで

(1983.8.7)

 

 

気にしない

 


わだかまっている思いを
はねのけようと
言葉に出して言ってみた
「気にしない、苦にしない、無理をしない」と。


何もかも背負い込む癖の私にとって
とっても気持ちのいい言葉
今度心が弱った時は
これを口ずさもう。

(1980.1.7)

 

 

寒椿よ

 


えんじ色の寒椿は
澄みきった光のなかで
何という美しさだろう。
毎年毎年冬の季節に
燃えて咲く姿は
私の心に泣きたいような
思慕の想いをかきたてる。


それはめぐり逢った人々への
過ぎ去った人生への
ほとばしる愛だろうか。
がっちりとした蕾の初々しさ
生命の限り咲く花の宴
そして散りしきる花びらのあわれさに
人生の縮図を見るのかもしれない。――
私がこよなく愛する寒椿は
今年も花の詩をうたっている。

(1980.1)

 

 

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