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手術日の朝


手術日に振る雪の舞い
やわらかく
おののく心やさしくつつむ。


たえがたき 思いをすべて
のりこえて
手術に向かう心は静か。


人の世の情けの糸に
みちびかれ
名医の腕に身をばまかせる。


たちむかう心の強さ
いたきもつ
幾山河を越えきし我は。


人びとの愛と祈りに
つつまれて
蘇生を誓う今の我が身よ。

(1977.2.10)

手術台


その日朝から音もなく
粉雪が舞い牡丹雪に変わった
博物館のドームも木々も
神宮の森は白くけむっていた
前日までの快晴とはうって変わって
ドラマティックな雪の日
私は看護婦さんに部屋から運び出された


その時、予備麻酔で半分眠りながら
私は感じていた
私を愛し案ずる人達の
熱い視線を ――


「がんばってね。」
エレベーターに入る時
娘の声がひときわ高く聞こえた
ガラガラと長い廊下を
目をつむったまますべてはおまかせ
不思議に何もない
悩みも恐れももう何もない


金属的な音が聞こえて
「小田さん、手術台の上に乗れますか」
「ハイ。」
素直に身を起こすと乗り移ったのを
覚えている
昨夜説明に来た麻酔の先生の声が聞こえ
主治医の飯田先生の声がする
「小田さん、小田さん。」
二声聞いたと思ったら
それっきり
………………………………

「小田さん、悪い所はみんな
取ってしまったからね。
安心していいですよ。」
かすかに、かすかに天国から
阿部教授の声が聞こえた
三時間が経過していた ――

(1977.2.18)

 

点滴


もうイヤ
投げ出してしまいたい
朝も昼も夜も
一日中ポットンポットン点滴注射
手術用にさした太い針を
そのままつづけた五日間。


静脈炎を起こしかけて赤くなっている。
早くとりたさに
流動食もおかゆも一生懸命食べた
「あなたは注射が嫌いでしょう
抗生物質をその都度さすのが大変だから
点滴を長くやって一緒にいれたのよ。」
先生の言葉に深い愛情と
思いやりを感じる
ありがとう。
──

(1977.2.18)

 

生きるって素晴らしい


"外科医ギャノン"や"暖流"など
病院ドラマばかり見ていた私が
病院の住人になってしまった
確実に治る病気だからいいようなものの
しこりに気づいてから三十八日目
迷いに迷って逃げ歩いたあげく
名医の手にかかって
輸血もしないで手術がすんだ。


薄紙をはがすように
経過がいいのと
今日は八日目だというのに
はじめてペンが持てたよろこびで
胸がいっぱい
空はあくまで晴れて雲が流れている
下界はまだ冬なのに
バラの花の香り
ここは温室のようだ
生きるって素晴らしい。

(1977.2.18)

 

握手


四人の子供を育て
とても良く出た私のお乳
レントゲンには小指の先ほどの
影がうつって
「今なら簡単、退治してしまおう。」と
先生の言葉に
長男の小さな歯型のついた
お乳の手術に入院した。


お見舞いに来てくださった方達と握手。
「がんばってね。」「大丈夫。」
それぞれの言葉をかけながら握手。
みんなの愛情と力をいただいて
がんばりましょう。
やわらかい手、静かな手
つめたい手、燃えている手
みんなの手のひらのぬくもりが、
私に勇気を与えてくれます。

(1977.2.18)

 


「ママ入院のこまかいもの買ってくるわ」
「みんなカラフルな色のものにしてよ」
出かけて行った娘は
長いこと掛かってデパートから帰って来た
「この私の苦心の買物をみてよ」


お茶器はシンプルな形のアヤメの花模様
オレンジ色のお盆
ナプキンは三色、色変わりのおそろい
お茶碗、おはし
下着まで買ってきてくれた。
この春十七才になる娘が
どんな想いで買いととのえて
くれたのだろうか。――


病気の発見以来、新宿に引き上げて
鎌倉の高等学校まで
朝五時起きしておべんとうつくって
六時四十二分で出かける。
薄暗いのでパパか三男が
駅まで送り届ける
途中相模大野と江ノ電で乗り換えると
片道二時間。――
ロマンスカーなら七時十分に
乗らねばならない。


みんなの愛情を一身に集めて
育った子が
急激な変化に良く耐えてくれた。
手術時は一週間休んで
毎日看病してくれた。


三月七日から始まる期末テストに
勉強が間に合わないからと
三日前から三男と茅ケ崎へ帰った
兄妹で朝のお弁当作りを
やっていることでしょう
早春の風は冷たかろうに。


次男のところにあずけた犬二匹と
母娘そろって海辺の家で暮らせる春も
もう近い。
――

(1977.2.25)

 

お注射


「あなたのお注射はどうしてそんなに
痛くないのでしょうか。」
ともすれば逃げてしまう私の細い血管を
いとも簡単に確実にとらえてしまう。
とても硬くなってしまっているのに
そぉっと何ごともなかったように。――


「先生、他は全部駄目だったの。
どうしよう。」
「大丈夫、ちゃんとやりますから
そんな情けない声出さないで。」
おののく患者は深い安堵のため息をする
沈着でデリケートであたたかいお人柄が
一本の針を通して私に伝わってきます。

(1977.2.18)

 

生きる

ショパンの"別れの曲"を
弾いてみたいと思う。
しばらくとおざかっていたピアノを
想いきり弾いてみたいと思う。
「踊りは当分おやめなさい。」
先生の言葉に
何か身内に燃えるものを
ぶつけてみたい。――


「手術すると人生観がかわるし
生きることに貪欲になりますよ。」
経験者はそう語る。
私もこれからどう変わるか
我と我が心のゆくえを
しっかりとみつめてゆこう。
この手術をして良かったと思える
生き方をしたい。――

(1977.3.2)

 

愛の花束


君が賜いし 花かごは
うすむらさきの蘭の花
香りゆたかに たちこめて
心なごめと 祈るごと


君が賜いし 花束は
うすべにいろのバラの花
わが枕辺に 咲きそめて
いのち燃えよと 告げるごと

君が賜いし 愛の花
病のいたで 悲しみを
なぐさめいやし あたたかく
生きる力となりました

(1977.2.22)

 

幸わせ


会社の一切は長男と次男が
娘の面倒は三男
夫は病院に
お嫁さんはお洗濯や連絡に
家族の分担がいつのまにか決まって
私の入院ももう二十六日
安心しきっていられる。


三十年も働いてきて
大変な休暇をいただいたものだ。
病院の先生方も
最高の心くばりをしてくださるし
看護婦さんとはすっかり仲良しになった。
「いごこちよくて早く帰りたくないわ」と
冗談がでる。


心にかけてくださる方たちが
つぎつぎと愛情を届けてくださるし
何もいうことはない
幸わせな私だと思う。――

(1977.2.25)

 

天使


熱があるといえば心配し
調子がいいといえば「よかったわァ。」と
心から喜んでくれる。
体温計一つ渡すにも
あたたかい言葉をかける。
夜中に何度ものぞいて
適切な処置をしてくれる
本当に天使のようだ。――


手をあげる練習に
白い紙を壁に貼って
「小田氏右手挙上運動表」と
マジックで書いてくれた。
毎日どんどん上がってゆく日付表に
みんなが喜んでくれる。


青春を看護に明け暮れる
うら若い乙女たち。
何と優しい人たちでしょう。
さわやかで、とてもステキな
看護婦さんたちです。――

(1977.3.3)

 

愛情


「手をさすって」「足をもんで」
「お茶ほしい」「汗ふいて」「起こして」
「果物むいて」
何でもしてくれる
横のものタテにもしない人が
スプーンでおかゆを口に運んでくれる


若いものが付き添うからというのに
テコでも動かず一週間
とうとうがんばってくれた。
もちろん手術の日は次男夫婦
二日目は長男が、毎日誰かが
つきっきりで夜明けまで
汗をふいてくれたけれど


とにかくパパがいてくれた
看護婦さんが感心するくらいの愛情を
かたむけてくれた。――
「ますらお派手夫」などと茶化しながら
素直に感謝している私です。

(1977.2.25)

 

愛のささえ


泣きぬれし 我を案じて
集いくる
夫や子等の 愛のささえよ


愛されて ただひたすらに
愛されて
生きゆく力 湧くがごとくに


我が生命 生かせれしこと
喜びて
電話の声の はずめる人よ


長年の 友多くして
しみじみと
愛にひたりて ありがたきかな


あふれでる 涙ぬぐいて
もらいつつ
心の痛手 いつかいやせん


枕辺に 花たえまなく
春告げて
心なごめり 帰宅日近く

(1977.3.10)

 

ひなの宵


いとしい娘が生まれてから
毎年、毎年十六年
心をこめて飾ってきたおひなさま
昨年の二月は受験生の合格を
雛に祈ったものだった――


今年は遥か遠く
病院にいて
「どうしても飾ってよ。」と
たのむ私に
パパと娘で、どんな風に
飾ったことやら。――


男雛、女雛は金屏風を背に上段に
左右にぼんぼりを立てて
次が三人官女、
左大臣、右大臣、
五人ばやし、下段が泣き笑い。


タンス、長持、カガミ
お茶道具ぞろい
お嫁入りの牛車など
一つ一つていねいに
ナフタリンでつつんで
出すのもしまうのも大騒ぎ。
それでもお嫁にゆくまではと
母の想いをつづりながら
今年で十七年になる。――


あと五、六年もすれば
手ばなさねばならないと思うと
月日の流れを
しみじみ感じる。――


期末テストの勉強疲れで
昨夜熱を出したという
側にいてやれない悲しさで
涙ぐんでいるひなの宵です。

(1977.3.3)

 

 

 

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